2017年 05月 31日 ( 1 )

伊勢神宮:瀧原宮(たきはらのみや)/瀧原竝宮(たきはらのならびのみや)

皇大神宮(内宮)には十所の別宮があり、瀧原宮(たきはらのみや)/瀧原竝宮(たきはらのならびのみや)は
熊野街道(国道42号)の通る山間に御鎮座され、古くから「遙宮(とおのみや)」として崇敬を集めています。
ともに御祭神は天照大御神

アクセスはJR紀勢本線滝原駅から1.5km。道の駅「奥伊勢木つつ木館」の前から入っていきます。

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しばらくアスファルト舗装の道を歩いていきます。

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参道入口の鳥居

左手に衛士見張所とトイレがあり、鳥居の先にトイレはありません。

カメラの後ろに瀧原宮の由緒をコミックで説明している看板が・・・
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約2000年前
第11代垂仁天皇の皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が、御杖代(みつえしろ)として
天照大御神を奉戴して、ご鎮座の地を求めて宮川下流の磯宮をお発ちになり、
上流の方にお進みになると

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旅の途中、流れの速い宮川が渡れず困っていたところ
近くに住んでいた真奈胡神(まなこのかみ)がお出迎えをして川を渡してさしあげました。

倭姫命はそのお礼に真奈胡神をあがめる御瀬社(みせのやしろ)を贈りました。
それが今の三瀬川にある皇大神宮摂社多岐原神社です。

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倭姫命は真奈胡神の案内で三瀬坂峠を越えて祝詞山の頂上に立ちました。

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倭姫命はこの美しい土地を天照大神の鎮座する地に選びました。
これが瀧原宮の起源です。


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樹齢数百年の杉の木立に囲まれた、参道の小砂利をザクザク踏みしめて歩いていきます。

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やがて小さな橋を渡ります。下は頓登川(とんどがわ)にそそぐ沢
橋の向こうに宿衛屋が見えてきました。

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宿衛屋の前に手水所があるのですが、

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御手洗場の案内があるのでそちらに向かいます。

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内宮の御手洗場は水量の多い宮川ですが、
宮川の支流である頓登川は水量の少ない谷川
それでも内宮に参拝するのと同じ感覚になります。

ここで手を洗い、口に流れの水を含んでみたのですが、柔らかな美味しい水でした。

参道に戻り先に進みます。
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宿衛屋

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週末なのに参拝客はあまり居なくて閑散としています。

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さらに先へ進むと

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古殿地の前にやって来ました。
神宮では二十年に一度式年遷宮が行われるのですが、
内宮、外宮の両正宮とその第一別宮の式年遷宮が平成25年秋に行われ、
瀧原宮、瀧原竝宮もその翌年に式年遷宮が行われました。

古殿地は元の正殿の有った所と言う訳ですね。

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古殿地の隣に瀧原宮、瀧原竝宮が建っています。

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参拝の順を示す看板
若宮神社と長由介神社(ながゆけじんじゃ)と言うのは所管社

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先ずは瀧原宮から参拝します。

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続いて瀧原竝宮を参拝
瀧原宮、瀧原竝宮の造りは全く同じ
御祭神もともに天照大神

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奥が瀧原竝宮、手前が瀧原宮

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所管社の若宮神社
御祭神は良く分かっていなくて天水分神(あめのみくまりのかみ)という伝説が残っている。

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長由介神社
御祭神は長由介神(ながゆけのかみ)、川島神(かわしまのかみ)

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参拝を終えて宿衛屋まで戻るのに出会った人は6人くらいだったか・・・

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参拝客でごった返す内宮、外宮と違い
静かで落ち着いた雰囲気はとても良い感じ。



宿衛屋で頂いた御朱印
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by shio622 | 2017-05-31 00:15 | 寺社巡り | Comments(0)