實相山本光寺

壬生寺の後、京都駅に戻る途中にあった本光寺

小さな尼寺?で似た名前の實相院本光寺とは別の寺

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小さな山門をくぐって進むと寺務所があり
二人の尼さんが御朱印を書いてくださっていました。

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御朱印に伊藤甲子太郎絶命の地とあるのでググってみました

元治元年(1864年)10月、同門の藤堂平助の仲介で新選組に加盟、参謀兼文学師範に任じられる。
容姿端麗で巧みな弁舌から、伊東に対する人望は高かったと伝わる。
伊東と新選組は攘夷という点で結ばれていたが、新選組は佐幕派で、勤王(倒幕)を説こうとする
方針をめぐり、密かに矛盾が生じていた。

近江屋事件から3日後の慶応3年11月18日(1867年12月13日)、
伊東は近藤に呼ばれ妾宅にて接待を受ける。
酔わされた伊東は、帰途にあった油小路の本光寺門前にて
新選組隊士の大石鍬次郎ら数名により暗殺された(油小路事件)

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by shio622 | 2017-05-06 18:05 | 寺社巡り
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