白峯神宮

下鴨神社からウォーキングコースに戻り、そこから今出川通を西にひたすら歩きます。
同志社女子大、同志社大の前を京都御苑を横目で見ながら「なんて広い御苑なんだあ」
と、感嘆しながら・・・
京都御所なんだから広くて当たり前なんだけど、実際その広さと言ったら

下鴨神社から30分ほどでとある神社の前を通りがかります。
ウォーキングのコース図に載ってないし、予め調べておいた地図でも見落としていた

b0182547_17180566.jpg

なんか由緒ありそうな気がして中に入ってみました。

楼門をくぐるといきなり・・・
b0182547_17272115.jpg
なんですも?

隣の自主社
b0182547_17195625.jpg

ここにもサムライブルーのペナントが飾られ、中に夥しいボール
b0182547_17203730.jpg

しかも、近隣の大学の相撲部やら野球部やらも
b0182547_17304556.jpg

やっとここがスポーツの神様が祀られている神社だとわかりました。

本殿でお参り。
酒の薦被りだけ見ると何処にでもある神社の風景なんだけど・・・
b0182547_17370806.jpg

境内の巨木
b0182547_17211772.jpg
小賀玉の木で樹齢800年。京都市指定の天然記念物なんだって


白峯神宮の御朱印

b0182547_17433288.jpg


✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂

白峯神宮の公式ホームページより

スポーツの守護神 白峯神宮

御祭神

第75代 崇徳天皇
第47代 淳仁天皇

由緒

幕末、風雲急を告げる中、121代孝明天皇は、保元の乱(1156)によって悲運の運命を
辿られた第75代崇徳天皇の御霊を慰め、かつ未曾有の国難にご加護を祈らうとされ、
幕府に御下命になり四国・坂出の「白峰山陵」から京都にお迎えして、これを祀らう
とされましたが叶わぬままに崩御されました。

明治天皇は父帝の御遺志を継承され、宮地を和歌・蹴鞠の公卿宗家「飛鳥井家」の
邸宅地跡に求められ、慶応4年(明治元年)9月6日、社殿を現在地に新造。奉迎鎮座
されました。続いて明治6年に第47代淳仁天皇の御神霊を淡路島南端の御陵からお移
して、御併祀になりました。

当神宮には「まり」の守護神として「精大明神」が祀られています。
「精大明神」は蹴鞠・和歌の宗家である公卿・飛鳥井家が代々守護神として邸内に
お祀りしてきたもので、当神宮がその祭祀を受け継いでおります。

そのために、今では「まりの神様」として崇敬され、日本サッカー協会をはじめ各種
スポーツにおいて、使用された公式球が奉納されています。御神徳を仰ぎ、
野球・サッカーを始めとする球技や新体操、また日々の習い事に至るまでの目的の
上達を願う参拝者が多く訪れます。

✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂✂

いや、「犬も歩けば棒に当たる」の逆って感じで、予定になかった発見?だけに思わずにんまり




[PR]
by shio622 | 2017-01-25 20:00 | 御朱印集め | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

<< 平野神社 下鴨神社 >>