猿田彦神社

猿田彦神社までは内宮前のバス停から800mあまり。
歩いて10分前後の距離だけど、出来るだけ多くの神社へ行きたいが故に
その時間すらもどかしく、思った以上に遠く感じる。

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境内にあったたから石
傍にある説明には
「舟形石は宝船を連想させ、古来縁起の良いものとされてきました」
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猿田彦神社の前にある佐瑠女神社
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祭神 天宇受売命(あめのうずめのみこと)
天照大御神が天岩窟(あめのいわや)にこもられたときに神楽をされ、
大御神が再び現れて平和な世を迎えられたと伝えられます。
天孫降臨の際は猿田彦大神と最初にご対面、
大神が御啓行(みちひらき)の後は詔により、ともに五十鈴の川上の地に来られ
、功により"媛女君"の称号を受けられました。
俳優(わざおぎ)、神楽、技芸、鎮魂の祖神と仰がれます。

と言うことで、佐瑠女神社には多くの芸能人が参拝に来るようです。


参拝を済ませた後、猿田彦神社の御朱印を頂ます。
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ここでは目の前で御朱印に筆を入れてくれるのですが、
その筆の運びの見事なこと
見とれていて佐瑠女神社の御朱印をいただくのを忘れてしまいました。


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猿田彦神社のホームページによれば

天孫降臨を啓行(みちひらき)された猿田彦大神は、高千穂に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を御案内した後、
天宇受賣命(あめのうずめのみこと)と御一緒に本拠地である「伊勢の狭長田(さながた)五十鈴の川上」
の地に戻り、この地を始め全国の開拓にあたられました。
 そして、神宮第一の古典『皇大神宮儀式帳』等にあるように、宇治土公宮司家の祖先で猿田彦大神の裔である
大田命が、倭姫命の御巡幸に際して、猿田彦大神が聖地として開拓された五十鈴の川上にある宇遅(宇治)の地
をお勧めし、そこに皇大神宮(内宮)が造営されました。
同時に邸内では御先祖である猿田彦大神をお祀りし・・・・・



と言うことで、皇大神宮(内宮)を造営したのが倭姫命
その倭姫命に「ここがええで」と勧めたのが猿田彦大神

だったのですね。


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後日改めて佐瑠女神社の御朱印を頂に行ってきました。

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ついでに猿田彦神社御朱印をもう一度
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当然のことながら、書く人により御朱印が全く違うものになってしまいますね。
それ故に単なるスタンプラリーと違う楽しみがあります。




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by shio622 | 2016-12-30 10:06 | 寺社巡り
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